「謎ときガルシア=マルケス」を読む

どこから読んでも面白いので、どこと意識せず開いてみたページを読む。思わず頷いた記述があったので、忘れないように記録しておく。

"人が往々にして落ち込むのは意識が自己だけを見つめる時であることはよく知られている。スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットは「幸せとは自分自身の外へ出ることである」という意味のことを言っているが、要するに幸せになるためには自分の外に愛する対象を見出さなければならないということに他ならない。"


謎ときガルシア=マルケス / 木村榮一 著
新潮選書, 2014.5.25 発行

#Garcia Marquez


 

カイロウドウケツ

先週数日神奈川の実家に戻っていたのだが、妹とあれこれ話すうちにふと以前某有名アンティークショップの店主さんが雑誌で数多の動物の骨格が不思議な美しさを称えて並ぶ博物館の展示室を紹介されていたのを思い出した。


札幌に戻ってからネットで検索をかけてその博物館を思い出し、そしてその博物館が協力した写真集があるというので図書館で借りてきた。

骨格とはこんなにも美しいものか...と頁を捲るごとにうっとり見とれている。

66頁の花を咲かせたようなハナヤサイサンゴの隣りにカイロウドウケツの写真はある。細かいレース模様のように繊細なケイ酸の骨格が円筒を形成している。


小川洋子さんの新刊『原稿零枚日記』が今月出ていたと知ったのはつい数日前のことで、早速近所の書店に走り「売れ筋コーナー」でその本に与えられたスペースにたった1冊だけ残っていたのを買って帰る。

すぐに読み切ってしまうのは勿体なくて、読んだのは半分くらいだろうか。
日記という形で綴られた文章に現れるのは「苔料理専門店」、「宇宙線」、子供時代飼っていた文鳥の「抗議の自殺」...。まさにこういう小川さんの作品が読みたかったのだ。

月に一度役所からやって来る「生活改善課」の職員Rさんについて綴られた、十二月のある日の日記に「カイロウドウケツ」の名が登場する。千メートルの深海に棲むとある。そういえば『余白の愛』にも深海魚について語る素敵な場面があったことを思い出す。


興味を惹かれるものはどこかで繋がっていて、そんな発見を幸せに思う気持ちは明日への糧となる。

 
骨から見る生物の進化



#Euplectella aspergillum #Yoko Ogawaweb clap!

アトリエの磁力と箱根駅伝

ブンデスリーガ前半戦終盤、確かに負けちゃいなかったけど勝ってもいなかった状況(VSオオカミ&ヤギに連続ドロー)で、最後に負けられない相手に連敗したWerderの戦績も含め、あまりに寒すぎて巣ごもり状態だったのだが必要に迫られ買い物に出る。

久しぶりに本屋に寄ってみたら、『クウネル』のセザンヌのアトリエ特集に心奪われ約1年ぶりにこの雑誌を買う。
アトリエとか古いヨーロッパの工房とか、磁石にひっつく砂鉄みたいに引きつけられてしまう。

もひとつ好きなのがヒトサマの本棚で、そんな写真もいくつか載っていた本の特集を組んでたBRUTUSも買ってしまう。これは本棚の写真よりもまず箱根駅伝関連のページ("12人のクリエイターが「箱根駅伝」をアートで繋ぐ2010年カレンダー")があったからなのだが、昨日から日テレG+で『箱根駅伝名勝負』なるものが放送されており、さすが日テレ、ワセダが優勝した大会(第69回)をしっかり選んでいらっしゃる(だから日テレはイヤ)。

この大会当時といえば山梨学院にまだ日本人エースがいっぱいいた頃で、今日の復路の放送では山下りのエキスパート広瀬選手がワセダを抜き去りトップに立つシーンを拝めたのが嬉しかったし懐かしかった。たとえ次の初々しい1年生平田選手がいつでもどこでも強かった武井(個人的にはワセダで一番強かったのってこの人だった気がする。卒業後は世界を目指すんじゃなかったの??な今監督してる膨らんじゃった人じゃなくって。)に置いていかれるとしても。。。9区では黒木選手が走って差を縮めるも最終区で引き離されジエンドなのだが、翌第70回大会では主将となった彼の魂の籠った走りが史上最強と言われたワセダの最後の野望を打ち砕くことになる。万歳。

第86回大会まであと数日。しかし、今年から登場したあの盛り上がらないテーマ曲(一体誰が変更を望んだのだろうかと首を傾げてしまう)で始まるのかと思うと高揚感が薄れてしまう。。。長年親しんで来た「ネバーエンディングストーリー」のあの曲で始まってくれなくちゃ、わくわくしないのだけれど。

クウネルBRUTUS

"愛だろ、愛っ"な1冊 〜 「スノードーム」

昔は興味を惹かれたら片っ端から買っていた本だが、もう何年もずっと好きな作家の本だけを読んでいたり、書評で目にして興味を引いた本を読むことが多い。でもなんの情報もなしに、書棚に並ぶたくさんの本の中で、その1冊の放つ"何か"にインスピレーションを受けて読んでみた本がとても面白かったとき、世の中に本があったことを感謝せずにはいられない。

一番最近読み終わった本『スノードーム』もそんな一冊だった。

"つまり、それらの詩を読むと、自分はいまよりもっとよくなれるのではないか、この世は思ったよりずっといいところではないか、と思えてくる。ものごとにはまだ削り取られていない表面があって、世の中からいかに不当な仕打ちを受けようとも、世界はやはり美しく、すばらしい場所なのではないかと思えてくる。"

主人公クリストファーの綴った詩は、冒頭そして終盤に登場する、職場の秀才たちを醒めた目で観察してきた(それは秀才たちが挫折して行くさまを見すぎたからかもしれないけれど)性格が少々捩じれてる感のある現実主義の「わたし」にこんな思いをもたらす。すべて読み終わって本を閉じたとき、捩じれてるワタシも同じ思いに満たされた。

「愛だろ、愛っ」というコピーがスカパラのBGMに乗って列島を駆け巡ったカクテルのCFを思い出した。


スノードーム


怖い絵

怖い絵2


と言えばまず思い浮かぶのは久世光彦氏のご本である。どれもこれも、ときにダイレクト、ときにじわじわと、1枚の絵が久世氏の綴る物語と絡み合い、その怖さは際限なく膨張してゆく。別の作者で同名の本がある。多分発売されて間もない頃だと思うが、慣れ親しんだタイトルとラ・トゥールの流し目の女に赤い明朝体の題字をあしらったカヴァーに惹かれ読んでみたところ、これがなかなか面白く、久世先生とは全く異なった包丁捌きで美味しく仕上がっていた。この続編が出たという。はやく読みたいのだけど近所の書店にないー。

日本のプロ野球で言うなら阪神VS巨人のような組み合わせになったDFB-Pokal決勝。BVBの勝利を心底祈っていたけれど、惜敗。がんばったのにねぇ…
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『幸せな王子』再び

幸せな王子

読み聞かせてもらったのかレコードで朗読を聞いたのだったか思い出せないのだけれど、幼い頃に慣れ親しんだこの童話。タイトルとは裏腹な哀しいストーリーが幼い心に焼きつけられ幾歳月...その間、原作がオスカー・ワイルドだというのを知りなんとなく複雑な気持ちになったりもして、すっかり疎遠になっていたのだが・…
きらびやかな布や糸やレースの切れ端、きらめくスパンコールやビーズを纏って翻訳も新たに現れたのがこの絵本。書店ではなく雑貨ショップにディスプレイされているのを見つけたとき胸が高鳴った。
数日前、ポケモンのゲームを楽しんでいるコドモの隣りで、これ見よがしに声に出して読んでみた。ゲームもしたいけど絵本も気になるというジレンマに陥ってるコドモ。もったいないのでツバメが王子さまのところに辿りついた辺りまで読んで
「続きはまた今度ね」
少しづつ楽しむのだ。

…というか、想定外の展開でWerderの指の間からマイスターの座が砂のようにこぼれ落ち、かなりうちひしがれているので、もうちょっと元気になったら読もうかと(とほほ)。clap & send message

じんわりな絵本

きみに、しつもん
『まってる。』はシンプルなドローイングに真っ赤な毛糸が効果満点にコラージュされた絵本。横長な版形は中を開いたときとてもすてきな雰囲気を醸し出す。こういう絵本を読むと胸がじんわりして、たとえば贔屓のサッカーチームが大事な試合に敗れクサクサしてる自分をひどく愚かに思わせてくれる(でも次節は勝ってよ!!)。うちの赤い背表紙の絵本が並ぶ棚にある『きみに、しつもん』もそんな1冊。シンプルなドローイングに赤が効いているところも一緒。ほぐれた気持ちは余白に溶けてゆく。clap & send message

「亡びるね」の謎

高校時代からの?が解けた。
志賀直哉フェチの白くてひょろ長い顔をした現代国語の教師が授業中ちょっと偉そうに語った。漱石の『こころ』に出てくる"先生"が、作品の中で日露戦争に勝利して浮かれている日本がこの後「亡びるね」と語ったと。
その後程なく『こころ』を読んだのだけれど、「亡びるね」は出てこなかった。うそつきめ。「虞美人草」も「それから」も「門」も読んだけれど出て来ない。ワタシの中で「亡びるね」は謎になった。
その謎が、この前解けた。『坊ちゃん』に関する新聞の記事の中に「亡びるね」があったのだ。この台詞は『三四郎』が熊本を出発して初めて東京へ行こうとしている汽車の中で出くわした中年男の口から発せられていたのだった。
前期三部作でひとつだけ読んでいなかったものだったとは…不覚ナリ。clap & send message

黒猫と棲む憧れの老後

猫に恋して

猫とは一度も一緒に棲んだことがない。
結婚してからは、コドモが学校で飼育&観察学習を終えて持ち帰ってきたザリガニ(寒さが厳しくなってきたある日水面に哀しく浮かんでいた...)を除いてヒト以外と一緒に暮らしていないことになる。昔実家で一緒だったコザクラインコを雛から育てたいと思わない日々はないけれど、ワタシの大事な紙モノたちが片っ端から齧られボロボロにされちゃうのでこれはだめ(実家で迂闊にも1万円札がペラっと出しっぱなしで危機一髪なことがあったっけ)。
で、今夢見ているのが黒猫と棲む暮らし。黒光りする毛並みと静かに光る黄緑色の眼。おばあちゃんな自分の傍らに黒猫がいてくれたら"老後"という今はまだ遠いけれどズシリと重い二文字が少しだけ明るいものに思えてくる。

カーサ7月号

Casa BRUTUS 2006 vol.76 July<br />
CasaBRUTUS7月号、メインのドイツデザイン特集は言うまでもないが、毎号お楽しみは紙質の異なる巻末付近。今回はサンドベリ夫妻にリサ・ラーソンと北欧関係が並び、次の頁には繊細で少し硬質で時が止まっているような作品が印象的な南桂子。いいセレクトだな〜。